巷で噂のTPPのISDS条項がほんとに危険なのかという話

国際
閻魔大王

皆さん、TPPのISDS条項についてご存知でしょうか?
ISDSとは、「投資家と国の間の紛争解決」の略称です。

この制度を平たく言うと、
「海外投資をしたが、投資受け入れ国の不当な行為により経済的な損害を被った企業が、投資受け入れ国を訴えて、損害の補償を受けるため」の制度です。

TPPによる市場自由化の影響で、日本の企業が海外進出したり、逆に海外の企業が新たな分野(建築、サービス業など)への参入を目指して日本に進出してくることが可能となる中、紛争解決の手段の一つとして注目されている条項です。

この条項については、一部報道やネット上で、「TPPにはISDS条項があるから日本の財政は破綻する」という趣旨の主張がみられます。
そこまで危ない条項があると知ったら不安に駆られますが、他方でISDS条項の危険性を楽観視する主張も見つかります。

そこで、
① ISDS条項の使われ方
② 実際にISDS条項が危険なのか
③ 日本にはどんな対策が必要なのか
の三つを考えてみようと思います。

どんな時にISDS条項を使うの?

例えば、ある企業(自動車メーカーなど)が発展途上国に進出した際に、現地の法整備が完全には行われていないとなれば、企業からしてみればどの行為が違法なのか明確でない環境に置かれることになります。
また、発展途上国でなくても、現地政府が国内市場保護のために、特定の措置により海外からやってきた企業を不当に抑圧する(行政機関からの営業許可の取り消しなど)こともあり得ます。

そんな状況下に置かれた企業(投資家)は経済活動の自由が阻害ざれることになるので、結果的には金銭的な損をすることになります。

単体の投資家が、比較的強大な権限及び財力をもつ国家機関に対して、何らの制度的な後押しもなく損害の補償を求めていくのは大変難しいことです。

他の国際的な経済連携協定と同様、TPPの枠組みでも、投資家の経済活動の自由を保障するために、一定の紛争解決手続きが利用可能となります。

TPPの紛争解決手続き

link外務省 TPP協定における投資家と国との間の紛争解決(ISDS)手続きの概要 の図を参考に作成

この図のように、投資家と受け入れ国の間での紛争発生時は、まず友好的な(穏やかな)協議がなされます。
その協議を経たが、当事者同士で和解できなかったという場合には、投資家は受け入れ国内の司法手続き(国内裁判所)による解決か、国際仲裁手続き(ISDS)による解決かを選択できます。

ISDS手続きによる仲裁裁判では、投資受け入れ国の協定違反及び投資家の損害が認められた場合に、投資受け入れ国に対して損害賠償の支払いか原状回復のみが命じられます。
(国内法の改正などを命じられることはないので、国内政治に直接干渉されることはありません。)

つまり、裁判で訴えられた受け入れ国に非があると認められたら、その国は高額の金銭を投資家に支払う義務が生じることになります。

ISDS手続きのどのあたりが危険なの?

ISDSは、裁判の一種です。
裁判には、多額の費用が必要です。
そしてその費用は、訴える投資家も負担しますが、訴えられる受入国側も負担しなければならないのです。
一回のISDS訴訟の裁判費用は8億円前後(!)と言われています。

「日本の地方自治体が海外の投資家から訴えられた場合、自治体は裁判費用も負担しなければならないし、もしISDS訴訟で負ければ多額の損害賠償を支払わなければならなくなる。そんな訴訟を一年に何十件も行われれば、日本の行政機関は財政破綻してしまう⋯」

この、財政的な負担への懸念が、「TPPのISDS条項が危険」という主張の根拠の一つとなっています。

そして、その主張によると、米国の投資家がISDS条項を活用して日本からお金を大量にぶんどろうとしている、と。

実を言うと、もともと日本は、TPPとは別に各国と結んでいる31の投資関連の協定において、ISDS条項を組みこんでいます。
そして、これまでに日本が外国企業からISDS条項により訴えられたことはありません。

しかし、アメリカとの間には、ISDS条項を盛り込んだ投資関連の協定は結ばれていませんでした。
TPPが、日米間において初めての、ISDS条項を含んだ投資関連の協定となります。

もしも「TPPは、アメリカの企業が日本からお金をふんだくるための条項である」という予想が正しいとしたら、そんな不合理な話はありません。

そこで気になるのは、実際に米国の投資家は、一国をつぶしてしまうほど大量のお金をぶんどることができるのかどうか、でしょう。

米国の投資家たちは、2013年までに世界中で起こされた568回のISDS訴訟のうち、約2割となる127回のISDS訴訟を起こしています。
そのうち、米国の投資家が勝訴したのは30%です。
linkTABC(TRANS-ATLANTIC BUSINESS COUNCIL)のHP

また、1994年発効のNAFTA(米国、カナダ、メキシコ間のFTA)では、2015年までに米国の投資家が提訴した53件のISDS訴訟のうち、投資家勝訴は7件、和解は4件。
米国企業の勝率は26%程度です。
link外務省 TPP協定における投資家と国との間の紛争解決(ISDS)手続きの概要

・・・統計的に見ると、米国企業のISDS訴訟での勝率は3割程度です。
米国企業は法整備が未完成な国に対しても容赦なく訴訟を提起しますが、その結果としての勝率3割なら、現在、TPPの条文に応じて法整備を進めている日本が負けることを過剰に恐れるのは適切ではないかもしれません。

日本がISDS訴訟で負けることはそうそう無いと仮定しても、訴訟を起こされれば日本側も裁判費用を負担しなければならなくなります。

ですから、TPPが発効するまでに日本が今なすべきことは、企業に訴えられる前、TPPが発効していない今の段階で、外国企業が何をできるかできないかを、完全とは言わないまでも万全の態勢で決めておき、紛争の火種が生まれる余地を残さないことでしょう。
それができれば裁判費用として無駄にお金が飛んでいくことはありません。

また、企業が無制限に対国家の訴訟を繰り広げる(濫訴)ことで国家の財政負担が過剰に増えることを警戒するアメリカ以外の国々によって、TPPのISDS手続きに関しては、濫訴抑制につながる規定が定められました。
例えば、
① 仲裁廷は、投資家の訴えによる国家の義務違反の判断の前に、被申し立て国による、訴えが仲裁廷の権限範囲外であるという申し立てについての判断を行う(仲裁機関の権限の有無の判断)
② 全ての事案の判断内容の公開
③ 申立期間の制限
また、TPP協定投資章において、投資受け入れ国が正当な公共目的等に基づく規制措置を採用することが妨げられないことが定められています。

これらの規定には、「受け入れ国での事業展開が思うようにいかないことに腹を立てた海外企業が、賠償金目的でとりあえずISDS訴訟を提起すること」を抑制する効果が期待できます。

日本はどうやって対処する?

日本がISDS手続きについてとるべきスタンスを示した英語のパワーポイントが神戸大学の玉田教授によってweb上に掲載されています。
それによると、
○「自国企業の保護を高いレベルで実現するために、ISDSへの姿勢を変えない」
・・・ISDS条項に関する、日本に不利な取り決めが簡単に行われないようにする
○「最初のISDS訴訟の事例が重要である」
・・・1度日本側が負けてしまうと、その後は日本に不利な判例に収まってしまう
○「ISDSについての基本的な理解を広める」
・・・この条項の有用性や潜在的な危険性を広く周知する
link『Impacts of ISDS in the coming Mega FTA Generation:From ajapanese Viewpoint』Dai Tamada Kobe University

日本国内において、ISDS条項など知らない人が大多数です。
ただ、数年後、TPPが発効すれば、日米間のISDS訴訟が制度上可能になります。
訴訟されてから慌てていたのでは、相手側に有利に物事を運ばれてしまいます。

外国企業に付け入るスキを与えない国内法整備、国際紛争に強い法律家の育成などを徹底することで、「TPPのISDS条項を利用して金儲けしようとする相手が出てくること」を前提にした制度的、政策的準備が必要となるでしょう。

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